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富士講とは? 日本人はなぜ富士山を登り、町に“小さな富士山”まで造ったのか

2026.09.03
富士山・中部地方

日本を代表する風景といえば、富士山を思い浮かべる人は多いでしょう。

現在では観光や登山で多くの人が訪れますが、数百年前の人々にとって、富士山は今とは少し違う存在でした。

噴火を起こす畏れの対象であり、神聖な山でもある。やがて人々は、富士山を遠くから拝むだけでなく、実際に登るようになりました。山に登ること自体が信仰の行為だったのです。

その信仰を庶民へ大きく広げたのが「富士講(ふじこう)」でした。

本物の富士山へ登る人、行けない代わりに町の中の小さな富士山へ登る人、絵の中の富士山を楽しむ人。

今回は富士講を中心に、日本の人々と富士山との長い関係をたどります。

富士山は、もともと「登る山」ではなかった

富士山は現在も活動を続ける火山です。

古代、とくに8〜11世紀ごろには現在より火山活動が活発で、史料にも繰り返し噴火が記録されています。

最後の噴火は江戸時代の1707年に起きた「宝永噴火」です。約100km離れた江戸の町にも火山灰が降りました。それ以降、現在まで富士山の噴火は確認されていません。

火山を観測する技術がなかった時代、巨大な山から煙が上がり、地面が揺れ、空から灰が降る光景は、人々に大きな畏れを感じさせたことでしょう。

古代の人々は富士山を神聖な存在として仰ぎ、噴火が鎮まるよう祈りました。山梨県や静岡県に多くの浅間神社があるのも、こうした富士山信仰と深く関係しています。

やがて火山活動が比較的落ち着くと、人々は山の中へ入るようになります。

中世には修験者などが富士山で修行し、その後は一般の人々も山頂を目指すようになりました。

富士山は、遠くから祈る山から、自ら登って祈る山へと変わっていったのです。

江戸時代、富士山は庶民の旅先へ

富士講が大きく発展したのは江戸時代です。

江戸時代(1603〜1868)は、長く続いた戦乱が終わり、都市や商業が発達した時代です。街道や宿場も整えられ、寺社への参詣をきっかけに遠くへ旅をする庶民も増えていきました。

伊勢神宮への「お伊勢参り」のように、信仰と旅が結びついていった時代でもあります。

富士山も、人々が目指す大きな聖地の一つでした。

富士講とは?

富士講の祖とされるのが、16〜17世紀に活動した修行者、長谷川角行(はせがわ・かくぎょう)です。

角行は富士山麓の洞穴「人穴」などで修行し、富士山を生命や世界の根源につながる聖地として位置づけました。

その信仰は弟子たちへ受け継がれ、約100年後に食行身禄(じきぎょう・みろく)が、富士への信仰を普通の庶民の日常生活と結びつけていきます。

角行が富士山を生命や世界の根源となる聖地として位置づけ、身禄がその信仰を庶民の日常へ広げました。

こうして、富士山を信仰し実際に登ることが、一部の修行者だけでなく、普通の人々にとっても意味を持つようになっていきました。

身禄は1733年、富士山中で断食を続けて亡くなります。その思想と行動が大きな反響を呼び、江戸を中心に富士講が急速に増えていきました。

仲間でお金を出し合い、富士山へ

「講(こう)」とは、共通する信仰や目的を持つ人々の集まりです。

富士山への旅には、何日もの時間とお金が必要でした。そこで地域や仕事仲間で講をつくり、少しずつお金を積み立てます。

夏になると、くじや順番でその年の代表者を決め、集めたお金で富士山へ送り出すこともありました。

代表者は自分のためだけに登るのではありません。登拝できなかった仲間の分まで祈り、お札やお守りを持ち帰りました。

一人では難しい旅を、仲間全体で支えていたのです。

富士登山は一大旅行だった

江戸の日本橋から富士山までは、徒歩で片道3〜4日ほどかかりました。

登拝者は「先達(せんだつ)」と呼ばれる経験者に導かれ、山麓では御師(おし)が宿泊や食事、祈祷、登山の準備を支えました。

身を清め、白い装束をまとい、杖を手に山へ入ります。

現在の富士山には4つの主な登山ルートがありますが、当時は現在のルート以外にも複数の登拝路がありました。

信仰の旅にも、旅そのものを楽しむ一面がありました。

道中の景色を眺めたり、酒を飲んだり、ほかの旅人と交流したりする。富士登拝は祈りの旅であると同時に、普段の生活を離れて遠くへ出かける貴重な機会でもありました。

富士講は江戸だけにあった?

富士講が特に大きなブームとなったのは江戸と関東です。

その盛況ぶりから「江戸八百八講」とまで呼ばれました。実際に808の講があったという意味ではなく、それほど多くの講が存在したことを表す言葉です。

一方、富士山を目指した人々は関東だけではありません。

東海や近畿から富士山へ向かう登拝者もおり、三重県には江戸時代の富士講に関する資料が残されています。食行身禄自身も、現在の三重県津市にあたる地域の出身でした。

富士講が大流行した中心は江戸・関東でしたが、富士山への信仰や登拝は、より広い地域へ広がっていました。

富士山へ行けない人はどうした?

講の仕組みがあっても、誰もが富士山へ行けたわけではありません。

何日も家や仕事を離れることが難しい人もいます。体力も必要です。また、当時は女性の登拝にも制限がありました。

それでも富士山を身近に感じたいという思いは人々の間にありました

そこで人々は、町の中に「小さな富士山」を造ったり、浮世絵や本に描かれた富士山を眺めたりしながら、それぞれの形で富士山を身近に感じるようになります。

町の中に造られた“小さな富士山”――富士塚

東京の神社を歩いていると、境内に黒い岩を積み上げた小さな山を見ることがあります。

これが富士塚(ふじづか)です。

土や石を積んで富士山の形をつくり、富士山から運んだ溶岩を使ったものもありました。登山道や合目を示す石碑まで設けられています。

富士塚は、富士山の霊力を宿す「写し」と考えられていました。

本物の富士山へ行けない人も、身近な富士塚を登ることで富士登拝を体験できます。本物の富士山では登拝に制限のあった女性も、富士塚には登ることができました。

18世紀後半から江戸やその周辺に広がり、現在の東京にあたる地域だけでも、およそ60基の富士塚が造られたとされています。

現在も神社の境内などに残る富士塚があります。

ビルや住宅の間に突然現れる数メートルの小山。その背景を知ると、当時の人々にとって富士山がどれほど身近で、特別な存在だったのかが見えてきます。

絵の中でも富士山を楽しむ

江戸時代には出版文化も発達しました。

各地の名所を紹介する本や旅の案内書が出版され、浮世絵も庶民が楽しむ身近な文化となります。

江戸時代後期には、風景を描いた「名所絵」が人気になりました。

旅が盛んになったとはいえ、遠い場所へ何度も行ける人は限られています。人々は絵を見ながら、まだ訪れたことのない場所を想像したり、かつての旅を思い出したりして楽しみました。

富士山は人気の題材の一つでした。

葛飾北斎の『富嶽三十六景』はその代表例ですが、歌川広重をはじめ、多くの絵師がさまざまな富士山を描いています。

『富嶽三十六景』には「諸人登山(しょにんとざん)」という作品もあり、杖を手に険しい富士山を登る人々の姿を見ることができます。

実際に富士山へ行けなくても、絵を通してその姿や登拝の様子を知ることができたのです。

なぜ富士山は「自然遺産」ではなく「文化遺産」なの?

富士山は2013年、UNESCOの世界文化遺産に登録されました。

正式な名称は「富士山―信仰の対象と芸術の源泉」です。

評価されたのは、美しい山の姿だけではありません。

富士山を信仰し、登拝してきた長い歴史。そして、その姿が文学や絵画、浮世絵などに繰り返し表現され、人々の文化に大きな影響を与えてきたことも評価されています。

富士講や巡礼は「信仰の対象」。

浮世絵をはじめとする文化は「芸術の源泉」。

富士山が自然遺産ではなく文化遺産として登録されている理由を知ると、日本人と富士山との長い関係が少し見えてきます。

まとめ:富士山信仰は今も残っている

富士講が最も盛んだった時代から数百年が経ちましたが、その痕跡は今も各地に残っています。

関東には富士塚が残り、神社では富士講の石碑を見ることがあります。数はごくわずかですが、現在も伝統を受け継ぎ活動を続けている富士講があります。富士山周辺では、山と地域の人々との関係を伝える祭りや行事も受け継がれています。

富士山との関わり方は、時代によってさまざまでした。実際に登る人、遠くから祈る人、町に富士塚を造る人、浮世絵の中でその姿を楽しむ人。それぞれの方法で、人々は富士山を身近に感じてきました。

富士講や富士塚について知ったあとに富士山を見ると、いつもの景色が少し違って見えるかもしれません。

何百年もの間、多くの人がこの山を見上げ、祈り、歩き、登り、時には自分たちの町にまで“小さな富士山”を造ってきた。その積み重ねが、今の「日本を象徴する富士山」につながっています。

関連記事|吉田の火祭り

富士山と人々とのつながりは、現在の祭りにも受け継がれています。

毎年8月、富士山の北麓で行われる「吉田の火祭り」は、夏山シーズンの終わりを告げる祭りです。大きな松明が町を照らす光景からも、富士山と地域の人々との深い関係を感じることができます。

富士山の麓に炎の道が現れる夜【吉田の火祭りの見どころと観覧ガイド】

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旅好き食いしん坊ライター。方向音痴の全国通訳資格ガイド保持者。日本旅行リピーターも迎え入れる日本人側も両方ハッピーになるようなネタ探しに毎日奔走中

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