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日本を訪れた外国人から、よくこんな疑問を聞きます。
「街にゴミ箱が少ないのに、なぜこんなにゴミが落ちていないの?」
道路や公園にはゴミが少なく、落書きもあまり見かけません。駅や商業施設のトイレがきれいなことに驚く人もいます。
日本の街がいつも完璧に清潔なわけではありませんし、駅や公共施設では多くの清掃スタッフが働いています。ただ、日本の日常を見ていくと、掃除をする前の段階から「汚れを持ち込まない」「使った場所は元に戻す」「自分の後始末を次の人に残さない」といった習慣がいくつもあります。
そして、その背景を考えていくと、日本に古くからある「清める」という考え方にも行き着きます。
まずは、日本人が昔から「きれいな状態」をどのように捉えてきたのかを見てみましょう。

日本に古くからある「清める」という考え方
日本の「きれい」を考えるとき、最初に知っておきたいのが「清める」という考え方です。
神社を訪れると、参拝前に手水舎で手や口を清めます。神道には「穢れ(けがれ)」を祓い、身を清らかな状態にする「禊(みそぎ)」や「祓い」という考え方があります。

もちろん、現代の日本人が街にゴミを捨てない理由を、神道だけで説明することはできません。
一方、日本では古くから、ある場所に入る前に身を清めたり、汚れたものと清潔に保ちたい場所を分けたりする考え方がありました。
現在の暮らしにも、「外の汚れを家の中へ持ち込まない」「身体を洗ってから浴槽に入る」など、場所を清潔に保つための境界がいくつもあります。
では、日本の家の中を見てみましょう。
家の中には「ここから先は汚さない」という境界がある
日本の家の中を見ていくと、場所によって履き物を脱いだり替えたり、身体を洗ってから入ったりする習慣があります。
玄関|外の汚れを家に持ち込まない
玄関は、日本の家で「外」と「内」を分ける場所です。玄関には、外履きのまま立つ場所と、靴を脱いで上がる一段高い場所があります。外を歩いた靴についた土やほこりを、そのまま生活する場所へ持ち込まない仕組みです。
日本の住宅だけでなく、旅館、寺院、一部のレストランや施設などでも靴を脱ぐ場所があります。外国人旅行者にとって、日本滞在中に何度も出会う習慣でしょう。

トイレ|なぜ専用のスリッパに履き替える?
家の中では靴を脱いでいるのに、トイレに入ると再びスリッパを履くことがあります。
トイレに専用のスリッパが置かれている家では、入るときだけ履き替えます。トイレの床についた汚れを、廊下や居室へ持ち出さないためです。
使い終わればトイレスリッパをその場に残し、室内用のスリッパへ戻ります。
「外と家の中」を玄関で分けた後も、家の中でさらに場所を分けているわけです。

和室|スリッパまで脱ぐ理由
一方、畳の部屋へ入るときには、室内用のスリッパも脱ぐのが一般的です。
日本人には当たり前のことですが、外国人旅行者からすれば、「外の靴はもう脱いでいるのに、なぜスリッパまで脱ぐの?」と思うかもしれません。
畳の上は、座ったり横になったりと、身体が直接触れる場所でもあります。畳を清潔に保ち、表面を傷めないためにも、スリッパを脱いで上がります。
ここには、日本の「片づける」習慣につながる興味深い暮らし方もあります。
日本では昔から、一つの和室を食事、団らん、来客、睡眠など、時間によってさまざまな用途に使ってきました。現在でも、夜は布団を敷いて寝室として使い、朝になれば布団を押入れにしまって居間として使う場合があります。
夜に敷いた布団を朝にはしまう。食事に使ったちゃぶ台も、使い終われば片づける。
同じ場所を次の用途に使うためには、一度元の状態へ戻す必要があります。こうした暮らし方も、「使ったら片づける」「次に使える状態に戻す」という習慣を身近なものにしてきた背景の一つと考えられます。

お風呂|浴槽には身体を洗ってから入る
お風呂にも「汚れを持ち込まない」習慣があります。
日本では家庭のお風呂でも温泉でも、浴槽へ入る前に身体を洗います。浴槽の中で身体を洗うのではなく、先に汚れを落としてからお湯につかります。
家庭では家族が同じお湯に入り、温泉や銭湯では多くの人が浴槽を共有します。そのため、お湯そのものをできるだけ汚さずに使います。

玄関では外の汚れを家へ持ち込まない。トイレでは履き物を分け、畳ではスリッパも脱ぐ。浴槽には身体を洗ってから入る。
日本の家の中には、場所をきれいに保つための小さな境界がいくつもあります。
学校では「みんなが使う場所」も自分たちで掃除する
日本の学校には、多くの場合「掃除の時間」があります。
生徒が掃除するのは自分たちの教室だけでなく、廊下や階段、昇降口、下駄箱、特別教室など、学校のさまざまな場所です。学校によっては、トイレも自分たちで掃除します。
床をほうきで掃き、雑巾をかけ、机や椅子を整える。下駄箱にたまった砂やほこりを取り、最後には使った掃除道具も片づけます。
こうした掃除や整理整頓を、学校生活の中で何年も繰り返します。
興味深いのは、「自分が汚した場所だけ」を掃除するわけではないことです。その日に自分が使っていない廊下を担当することもあれば、他の学年も使う昇降口や特別教室を掃除することもあります。
つまり子どもの頃から、「みんなが使う場所をきれいに保つことには、自分も関わる」という経験を重ねます。
学校掃除だけで日本の街の清潔さを説明することはできません。それでも、自分の周囲を整え、共有する場所を自分たちでも掃除する経験は、その後の生活習慣にも少なからず影響しているのではないでしょうか。

「立つ鳥跡を濁さず」使った場所をきれいにして帰る
日本には「立つ鳥跡を濁さず」ということわざがあります。その意味の一つは、その場所を去るときに、自分がいた跡をきれいにして立ち去ることです。
学校行事やキャンプ、スポーツ活動などでは、「来たときよりも美しく」という言葉を聞くこともあります。
使った場所を元に戻し、ゴミがあれば拾い、自分たちが来る前より少しきれいな状態にして帰る。日本では、子どもの頃からこうした言葉を耳にする機会があります。
街中でゴミ箱が見つからないときにも、その場に置いていくのではなく、捨てられる場所まで持って歩いたり、家まで持ち帰ったりします。
フードコートでは食べ終わったトレーを返し、公園や行楽地では自分たちが出したゴミを持ち帰る。施設を使った後にも、ある程度片づけてからその場を離れます。
「立つ鳥跡を濁さず」と「来たときよりも美しく」。
どちらにも、自分がいなくなった後にその場所を使う人がいる、という考え方が表れています。

海外でも見られる、日本人の「使った場所をきれいにする」習慣
こうした行動は、日本の外でもたびたび注目されています。
日本国内のサッカースタジアムでは、試合後にサポーターが自分たちの周囲のゴミを片づける姿が以前から見られます。
そして驚かされたのは、日本人サポーターがその習慣を海外のスタジアムでも同じように行ったことです。
サッカー・ワールドカップでは、日本人サポーターが試合終了後もスタンドに残り、ペットボトルや食べ物の容器などを袋に集める姿が、これまで何度も海外で報道されてきました。2022年のカタール大会でも、試合後にスタンドを清掃する様子が世界で話題になりました。
外国人から見ると特別なボランティア活動のように映るかもしれませんが、日本人サポーターにとっては、普段のスタジアムで行っていることを海外でも同じように続けた、と考えた方が近いのかもしれません。
学校で教室や廊下を掃除し、行事では「来たときよりも美しく」と言われ、自分たちが出したゴミは持ち帰る。
海外のスタジアムでの行動にも、そうした普段の習慣が表れています。

「人に迷惑をかけない」とはどういうこと?
日本では、子どもにマナーを教えるときにも「人に迷惑をかけないように」という言葉がよく使われます。
ここでいう「迷惑」は、大きなトラブルを起こさないということだけではありません。
例えば、自分が出したゴミをベンチに置いたまま帰れば、次に座る人が不快に感じるかもしれません。誰かが拾って捨てなければ、その場所はきれいになりません。
公共のトイレを汚したままにすれば、次に入る人が困ります。フードコートで食べ終わったものをそのままにすれば、誰かが自分の代わりに片づけることになります。
つまり、
「自分の後始末を、知らない誰かに任せない」
ということも、日本でいう「人に迷惑をかけない」の一つの形です。
公共の場所を「誰のものでもない場所」と考えるより、「みんなが使う場所だから、自分もきれいに使う」と考える。
学校で共有する場所を掃除することや、「立つ鳥跡を濁さず」という考え方ともつながっています。
日本人全員がいつもこのように行動するわけではありません。それでも、「自分の後に誰かが使う」ということを意識する機会が、家庭や学校、日常生活の中に多くあります。
プロの清掃も「次の人を迎える」ために
日本のきれいさを保つうえで、清掃スタッフの働きももちろん欠かせません。
駅や空港、商業施設、公共トイレなど、多くの人が毎日利用する場所をきれいに保っているのは、そこで働く人たちの地道な仕事です。

しかも日本では、清掃を「汚れを取り除いて終わり」ではなく、次の利用者を気持ちよく迎えられる状態まで整える仕事として考えている例があります。
よく知られているのが、東京駅で新幹線の折り返し清掃を行うJR東日本テクノハートTESSEIです。
東京駅では、スタッフが約7分という短い時間で車内を清掃します。テーブルや座席周り、トイレなどを整え、作業を終えるとホームで一礼して次の乗客を迎えます。
限られた時間で車内をきれいにする技術だけでなく、「次のお客様を迎える準備」までが仕事として考えられている点が特徴です。

公共トイレにも興味深い例があります。
「THE TOKYO TOILET」は、安藤忠雄、隈研吾、坂茂など世界で活動するクリエイターが、東京・渋谷区内17カ所の公共トイレをリデザインしたプロジェクトです。
ここで力を入れているのはデザインだけではありません。
日常の清掃に加え、定期的な清掃や専門家による点検を組み合わせ、外壁、照明、換気扇など普段は気づきにくい場所まで管理しています。
利用する人は、できるだけ汚れを残さない。
清掃する側は、次の人が気持ちよく使える状態まで整える。
立場は違っても、ここにも「次の人へきれいな状態で場所を渡す」という考え方を見ることができます。
日本の「きれい」は、次の人に場所を渡すこと
玄関で靴を脱ぎ、トイレでは履き物を替える。
畳の上ではスリッパも脱ぎ、使い終わったものを片づけて同じ部屋を次の用途に使う。
浴槽には身体を洗ってから入る。
学校では、自分の教室だけでなく廊下や昇降口など、みんなが使う場所も掃除する。
ゴミ箱がなければ、自分のゴミを持って歩く。
「立つ鳥跡を濁さず」「来たときよりも美しく」という言葉があり、その習慣は海外のスタジアムでも見られます。
こうして見ていくと、日本の「きれい」を支えているのは、一つの特別なルールではありません。
汚れをできるだけ持ち込まないこと。
使い終わったら元の状態へ戻すこと。
自分の後始末を誰かに残さないこと。
そして、自分の次にその場所を使う人のことを考えること。
日本を旅行していて、ゴミの少ない道やきれいなトイレに気づいたら、「誰が掃除しているのだろう?」という視点と一緒に、周囲の人がその場所をどのように使っているかも少し見てみてください。
玄関で靴を脱ぐことも、学校で掃除をすることも、自分のゴミを持ち帰ることも、日本では日常にある小さな行動です。
その積み重ねが、日本の「きれい」を支えています。
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